大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和58年(あ)909号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人澤田隆義の上告趣旨のうち、憲法三八条一項違反をいう点は、記録によれば、佐藤厚らの所論各供述の任意性に疑いはないとした原判断は相当であるから、所論は前提を欠き、その余の点は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であつて適法な上告理由にあたらない。

弁護人小林健治の上告趣意第一点は、判例違反をいうが、所論引用の各判例は、いずれも、交付罪のほかに供与罪の訴因が掲げられていて、供与罪の成否につき裁判所の判断の機会があつた事案に関するものであるところ、本件は、被告人が交付罪のみで起訴されていて供与罪の成否につき裁判所の判断の機会がない事案であるから、右各判例は、事案を異にし本件に適切でなく、その余の点は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。

なお、選挙運動者たる乙に対し、甲が公職選挙法二二一条一項一号所定の目的をもつて金銭等を交付したと認められるときは、たとえ、甲乙間で右金銭等を第三者に供与することの共謀があり乙が右共謀の趣旨に従いこれを第三者に供与した疑いがあつたとしても、検察官は、立証の難易等諸般の事情を考慮して、甲を交付罪のみで起訴することが許されるのであつて、このような場合、裁判所としては、訴因の制約のもとにおいて、甲についての交付罪の成否を判断すれば足り、訴因として掲げられていない乙との共謀による供与罪の成否につき審理したり、検察官に対し、右供与罪の訴因の追加・変更を促したりする義務はないというべきである。従つて、これと同旨の見解のもとに、被告人に対し交付罪の成立を認めた原判断は、正当である。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、主文のとおり決定する。

この決定は、裁判官谷口正孝の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官谷口正孝の補足意見は次のとおりである。

弁護人小林健治の上告趣意第一点判例違反の主張について、些か私の意見をつけ加えておく。

一所論引用の判例は、いずれも公選法二二一条一項一号の供与等いわゆる買収を目的とする金銭又は物品を交付し、又はその交付を受ける行為は、右買収を共謀した者相互の間で行なわれた場合でも、同条項第五号の交付又は受交付の罪を構成するのに妨げないこと、そして右の場合において、共謀にかかる供与等が行なわれたときは、交付又は受交付の罪は、後の供与等の罪に吸収される旨を判示している。すなわち、これらの判例は、右買収を共謀した者相互の間で行なわれた金銭又は物品の交付又は受交付の各行為は、右共謀の実現としての供与等の罪と独立して交付又は受交付罪を構成するものであり、交付又は受交付の各行為が更に発展して当初の共謀の実現行為として供与等が行われたときは、前に成立した交付又は受交付の罪は後に成立した供与等の罪に吸収される、という判例理論を展開したに止るものである。私は、これらの判例は、論旨に即していう限り、右の買収を共謀した者相互の間で行なわれた交付又は受交付罪と供与等の罪の関係について抽象的・論理的提言として、前者の罪が後者の罪に吸収されるゆえんを説示しただけのものである、と理解している。

二ところで、右判例にいう「吸収関係」の意義・内容について、判例は直接明言するところはないが、最高裁判所昭和四三年三月二一日第一小法廷判決(刑集二二巻三号九五頁)を、そこで示されている裁判官長部謹吾の反対意見と対照して読んでみれば、多数意見は、右「吸収関係」を専ら実体法上の問題として抽象的・論理的にとらえているのに対し、反対意見は、これを訴訟の場でとり上げ、処罰上の吸収関係として理解していることが判る。

私は、右吸収関係は、法条競合の場合における一般法、特別法等の関係とは異り、具体的場合において当該被告人について、二つ以上の罪が成立し、そのうち一つの罪の可罰性が他の罪のそれを評価し尽している場合の右二つ以上の罪の関係をいうものと理解している。その限りにおいては処罰吸収関係をいうものである。従つて、吸収すべき罪について、訴訟上の障害(審判の対象となつていないばあいもそれに当る)あるいは責任阻却事由等が存するため、当該法規を適用し処罰しえない場合には、吸収されるべき罪に対する法規が適用されることになると考える。前記事件における裁判官長部謹吾の反対意見に賛成したい。

然し、このことは本件事件の処理としては直接関係のないことで、所論引用の判例は、買収を共謀した者相互の間で行なわれた交付又は受交付罪と供与等の罪がいずれも訴因として掲げられ審判の対象とされている場合についての両罪の関係について判示しただけのものであつて、所論の如く、両罪が抽象的・論理的に吸収関係にあることを理由として、交付罪のみを訴因として起訴された場合、裁判所が供与等の罪についても審理し、場合によつては交付又は受交付罪の訴因を供与等の罪の訴因に変更すべきことを命じなければ審理不尽等の瑕疵があるといつた趣旨のことを毫も判示しているわけではない。本件が、右各判例と事案を異にするものであることは多数意見に示すとおりである。

(角田禮次郎 藤﨑萬里 中村治朗 谷口正孝 和田誠一)

弁護人澤田隆義の上告趣意《省略》

弁護人小林健治の上告趣旨

第一点判例違反《省略》

第二点 事実誤認

原判決は証拠の採否を誤り、又、審理不尽により本来無罪なるべき本件を有罪としたもので、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと思料する。

第一点の主張はこの第二点の主張が容れられず、第一審、及びこれを認容した原判決の事実が証明された場合のものであるが、上告理由の順序的関係上このような順序にした事をご了解ありたい。

一、原判決は任意性のない証拠により、被告人を有罪とする犯罪事実を認めた違法がある。

原判決が認容した第一審判決は

一の一、(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五四年一〇月七日に施行された衆議院議員総選挙に千葉県第二区から立候補した者であるが、自己の当選を得る目的をもつて、

第一、一、同年九月二九日ころ、頭書肩書の自宅において、いずれも自己の選挙運動者である義弟宇野和男及び私設秘書越川群一に対し、同人らから自派選挙運動者及び右選挙区の選挙人に交付又は供与すべき選挙運動報酬、投票報酬の資金として、現金約二八六〇万円を交付し、

二、同所において、右宇野和男及び同じく自己の選挙運動者である私設秘書渡部藤彦に対し、同様の趣旨で、

1 同月三〇日ころ、現金約一〇〇〇万円を交付し、

2 同年一〇月二日ころ、現金約五〇〇万円を交付し、

3 同月四日ころ、現金約三〇〇万円を交付し

第二、実弟佐藤厚と共謀のうえ、自己の選挙運動者である私設秘書三名に対し、同様の趣旨で買収資金を交付することを企て、佐藤厚がその実行として

一、同年九月二九日ころ、八日市場市イの一三八番地の一〇所在の宇野亨選挙事務所において、岩立正俊に対し、現金約二六〇〇万円を交付し、

二、同日、同所において、石毛源一に対し、現金約九〇〇万円を交付し

三、同月三〇日ころ、同所において、加瀬忠一に対し、現金約二〇〇〇万円を交付し

たものである。

というのであり、

証拠の標目として

判示事実全部について

一、被告人の検察官に対する供述調書二通

一、第二回公判調書中の証人高木正俊の供述部分及び第三回公判調書中の証人浦住哲也の供述部分

一、宇野和男の検察官に対する供述調書

一、越川群一(昭和五四年一二月二七日付)、渡部藤彦(同月二二日付)、加瀬忠一(同月二日付、同月三〇日付)及び佐藤厚(同年一一月一八日付、同年一二月一五日付、同月二七日付、昭和五五年一月九日付)の検察官に対する各供述調書の謄本

同第一の一の事実について

一、宇野和男(昭和五四年一二月四日付、同月九日付)及び越川群一(同月一五日付)の検察官に対する各供述調書の謄本

同第一の二の事実全部について

一、宇野和男(昭和五四年一二月一四日付)及び渡部藤彦(同月九日付、昭和五五年一月八日付)の検察官に対する各供述調書の謄本

同第二の事実全部について

一、佐藤厚の検察官に対する昭和五四年一一月二二日付及び同年一二月五日付各供述調書の謄本

同第二の一及び二の各事実について

一、佐藤厚の検察官に対する昭和五五年一二月八日付供述調書の謄本

同第二の一の事実について

一、岩立正俊の検察官に対する供述調書二通の各謄本

同第二の二の事実について

一、石毛源一の検察官に対する供述調書三通の各謄本

同第二の三の事実について

一、加瀬忠一の検察官に対する昭和五四年一二月八日付及び同月一〇日付各供述調書の謄本

その他をあげておる

が、その認定の基礎となるものは三番目の宇野和男の検面以下の各検面調書であつて他の掲記のものは傍証又は外廓的事実に過ぎない。

一、の二、ところが、右三番目の宇野和男の検面とは何を指すのか特定していないので論評のしようがない。

他の検面調書はいずれも任意性は勿論信用性がなく、これらに任意性あり、信用性もあるとしてとつて以つて事実認定をした違法がある。

以下これを検討する。

宇野和男、越川群一、渡部藤彦の各検面調書の任意性について、

原審で顕出されだ宇野和男の五四、一一、二〇付渡部藤彦宛の手紙(写)なる書面によると、

佐藤厚も宇野亨より金を受けたと正直に申しておるそうです。小生もそれをきき一切を話した。

私共は今何万人の人を引張ることは不可能であるし、検察御当局の方々にお願してそのあらましだけを話しました。貴兄も大所だけ(大筋)を早く話して全様の解決の為に努力して下さる様希望する。小生も残念でなりません

とある。

意味必ずしも明らかでないが、自分はあらましを検事に話した。君も大所(大筋)を述べてくれ、自分の供述に合せて検事の取調に応じてくれという意味であろう――つまりいわば、自白を奨めるものであろう。

この手紙は検事が、宇野和男に書かせ、これを渡部藤彦に渡しておることは間違いない。和男が自発的にこんな手紙を書くとは思われない。

最後の「小生も誠に残念でなりません」これは誠に気にかかる文言で、検事に迎合して残念であるとも解せられる。

渡部が検事のいう自白をしたのはその後の五四、一二、九であることを注目しなければならない。

同じく五四、一二、一五付越川群一に宛てた手紙によると、

九月二九日、宇野亨方から二人で三千万円(正確には二千八百六拾万円)をもつて来て、初め私の家へ運びその後光町の大木源治氏に足代とも四〇〇万円を渡し、その後も二人で相談した通り、越川さんも配つたと思う。

その数字や金の運び方法等くわしい事は宮本検事よりご指導を受けて私と同様真実を述べてください、安心して宮本検事におまかせなさつて下さい。

同検事は学識があり、人間味のある方です。私は自由になつたら白鹿で一杯ヤッペイという話をしておる仲ですから……

という趣旨のことが書いてある。

この手紙は宮本検事が書かせたものに相違ない。よくもこんなことをヌケヌケと書かせたものだと、同検事の心臓に弁護人は驚き感ぜざるを得ない。

この手紙は言外に私は宮本検事のいう筋書通りのことを供述したと解せられる。宮本検事は喜んだであろう。そこで後日一緒に一杯やろうと、肝胆相てらす仲になつたという。警察で天丼をご馳走するから自白せよといわれて自白したと訴える数多くの被疑者のあることを思い出させるものがある。同検事の指示する通り、私が述べたと同じようなことを供述しなさいというのである。同人が前同様の自白をしているのは一二月一五日その日である。

これらの手紙の内容からして、宇野和男は宮本検事の誘引あるいは、強要によつて、同検事の筋書どおりの供述をした。越川、渡部は和男がそういうなら、そのとおり供述する外あるまいと諦観し、原判決引用の検面供述となつたものといわざるを得ない。

原審検察官は起訴前である被疑者である場合、接見禁止の決定があつたとしても、検事は裁判官の許可を受けることなく、右のような手紙を提示(被疑者間の手紙の取次をしてもという意か)しても検察官の権限内の措置として違法性はないと主張しておる。因みに宇野和男は五四、一二、一二、越川は同月二八日、渡部は同月一〇日それぞれ起訴されているのであるが、検察官はどれが起訴前の措置だというのであろうか。

当弁護人は、それが起訴前であろうと起訴後であろうと、こんな手紙を書かせて共犯者であるだろう者に示して、供述を求めるが如き捜査は許さる適正なものとはいえない。こんな方法手段を以てした供述は任意性を欠くものと考えるのである。

一の三、佐藤厚、岩立正俊、石毛源一、加瀬忠一の各検面調書の任意性について、

本件記録によれば、佐藤厚は五四、一一、七逮捕され同月一八日に至つて、同日付検面で初めて、被告人と話し合つて、被告人方に置いてあつた一、〇〇〇円札で二、〇〇〇万円の入つたダンボール入の金を持出し、九月二七、八日頃から三日間位に

岡野全幸に約二、〇〇〇万円

石毛源一、岩立正俊の両名に約四、〇〇〇万円、

加瀬忠一に六、〇〇〇万円、

等を、買収資金等として渡した旨供述したことになつている。

その後、右の渡した金額についてはその後の各検面供述に非常な相違があり五四、一二、一五の検面では

加瀬に四、〇〇〇万円

石毛、岩立に三、六〇〇万円

岡野に一、〇〇〇万円

渡したとある。岡野への二、〇〇〇万円あるいは一、〇〇〇万円は全く虚構の事実であるようである。

検察官が、第一審で刑訴三二一条によつて提出、証拠として採用された各検面によつても佐藤厚の検事に対する供述は、その都度違うのである。

結局検察官は

岩立 二、六〇〇万円

石毛   九〇〇万円

加瀬 二、〇〇〇万円

の交付が本件起訴状にあるように被告人と共謀のうえなされたとして起訴しているが、その金額については甚だ疑わしい。佐藤の供述は一定していないのである。

この佐藤厚の検面が出たとこ勝負でデタラメの部分が多々あると思われるところからしても、同人の検面調書には何らかの圧力があつたもの、それが任意性につながるものであることが推認されるのである。

それは外でもない。それは佐藤厚が拘束されて取調を受けている際、長時間にわたり苛酷な取調によつて精神錯乱状態に陥つたためである。

原審で証拠として取調べられた「雑記帳と称するメモ」をご覧願いたい。

同五四年一一月一二日より自白調書が作成された同月一八日までの日記から、取調を受けた状況と、それが同人の心身に与えた深刻な影響を推認できる部分を摘録すると次のとおりである。

(一二日)「調、后調、夜調」

(一三日)「調、調、調」「きついのでまいる、頭狂つてきた」「今日もまいつた、さすがにまいつた、この苦しみ誰が知る。」

(一四日)「調、調、調、きつい」「全く心身ともに疲れ果てる、まいつた」「今日もすつかりだめである。」

(一五日)「調、調、調続きで疲れる」「全く文字通り完全に降参した。今日は全くきつい、気が狂つた」

(一六日)「調、調、調」「ひどすぎる」「完全に気が沈む」「苦しい一日であつた」「死ぬ思い」「頭狂い出す」「何を言つたか不明」

(一七日)「調、調」「夜頭が狂つたようになり、殆んど又ねむれぬ」「死にもの狂いで身も心もだめになる」「絶対絶命」「今日も身心共に苦しい一日であつた、死にたい」

(一八日)「調、調、調」「頭が完全に狂つた。どうにもならぬ適当に申し上げる。」「病気と共にこんな苦しい思いは絶命だ」「死ぬ思い」

このように前記の「メモ」によつて佐藤厚に対する取調の状況を如実に知ることができる。即ち一七日の午前中を除き、その他は連日朝から夜まで取調べが行われ、またその終了時刻は刑務所の回答によれば、殆んど夜九時ころになつていることが認められる。つまり年前一〇時から取調べが開始されたとしても、一日一〇時間以上、不出頭及び退去の自由のない状況のまま取調べられたのである。しかもその取調べが苛酷きわまるものであつたことは前掲日記帳の断片的な摘録からも充分に推認できる。

一一月一八日検察官によつて同人の前記自白調書が作成された同日のメモには、「死ぬ思い」とか「頭が完全に狂つた、どうにもならぬ適当に申し上げる。」と記載してある。

以上弁護人は一一月一八日の前記調書の内容が佐藤厚の供述とは似ても似つかないもので、検察官の強制下に作成されたものであること及び同人に対する取調べが同人に及ぼした結果を明らかにした。これを合わせ考えると前記調書は、任意性を欠き証拠として採用することができないものと言うべきである。

この点について原判決は同ノートの各所に弁護人の主張を裏付けるような記載が見受られるが同一日付の記載の中に健康状態、心境などに明らかに矛盾する記載があり、文字の続き具合等から……正確性はなくむしろ重要な点について一定の意図?の本に後は書き加えられたと思われる部分も少なくなく、これを根拠として検面の任意性を否認することはできない(四丁裏)とするが、このメモは拘束中の健康状態、取調状況、心境を自らの心覚えに書き留めたもので、他人に見せたり、いわんや証拠として後日公判に提出する意図のもとに書き残したものではない。後日手を加えたとはどの部分か、原審はこれを指摘していないし、佐藤本人又は弁護人が手を加えたものでは絶対にない。原判決の説示は誤りとしなければならない。

次に佐藤厚から加瀬忠一に宛てた手紙(写)には日付の記載がないが、加瀬は五四、一二、二の検面で佐藤から金を受取つたと述べておるところからすると同日又はその一、二日前に佐藤が書き検事によつて加瀬に見せられたものと推定される。それによると、

私のために

色々御手数かけました。

私や亨のことについて色々心配されて居ることは検事さんから聞いております。

事態が変化しましたので軽い気持になつて下さい。

とある。

私や亨のことについて心配されているとは――加瀬が私や亨から金が出ているとは言つていないで、かばつているが、事態が変化したとは――自分は検事のいう通り認めたのだから、私どものことは気にしないで、私が述べたように検事に述べてくれという意味と解せられるのである。

加瀬はこの手紙を検事から見せられ、佐藤厚がそういうならそれに合せる外あるまいとして右二月二日の供述となつたと高度の推定ができ、これまた前同様加瀬検面の任意性のない証拠と考えられる。

岩立、石毛の検面供述についても、佐藤厚の検面供述がこれに先行し、これに合致するように作成されたものと、前後の関係から推定され任意性に疑がある。

以上の各検面を除けば原判決認定の犯罪事実は認むべくもない。

二、原判決は審理不尽により事犯の真相を把握せず、有責としておる。これを破棄しなければ著しく正義に反する。

1 本件の三億二、〇〇〇万円の借入はマンション建設の資金としてであり、これを東海銀行赤坂支店千葉農林の口座に送金したのは皆川建設援護の見せ金的のものであり、被告人がこの金を買収資金にするとは考えておらなかつたこと、

ロ 一億五、〇〇〇万円、一億円の金が被告人方へ届けられたが被告人はこれには全くタッチしておらないこと、

その金を持参するよう赤坂支店に電話したのは佐藤衛であること、

その金の前者は林晴雄、佐藤和夫が受取つたこと、後者は、佐藤厚、宇野和男、佐藤和夫らが受取つたこと。

については、弁護人らは原審において強く主張しかつ、これを立証すべく佐藤和夫ら証人の申請をしたのであるが、すべて却下してこの関係を解明しようとしない。

本件の真相は、佐藤厚が五七、一、二七の第一審公判で述べておるように、同人と宇野和男が、被告人に秘して独断で、右金員を取寄せ買収資金として使つたものである。

即ち、右佐藤の供述は

「和男と小座で何回も相談したが、ほかの方でも相当の金や物を流しているので、当方も赤坂支店にある金を持つてきてやつてしまえばよいではないかという案に達した。

千葉農林の代表者は、佐藤衛になつていたので、赤坂支店には衛に電話させて、金は亨方に持つて来させることにした。自分が衛に命令して赤坂支店に「千円札で持つてきてくれ」と電話させた。

というのであつて、これがこの真相なのである。――この証言も原審は一瞥もしない。

本件で見逃がしてならない重要な事実がある。

本件記録によれば、二、〇〇〇円(一部三、〇〇〇円)の投票報酬あるいは配布した者への報酬等はすべて茶色の封筒に入れて渡されているのである。

約一一万名が宇野亨後援会の名簿に署名したそれが対象者であるというにおいては少くとも一一万枚の封筒を用意しなければならないのである。これが本件の真実につながるものであるのに、これを何人が、調達したのか、本件では一切明らかにされていない。捜査もしていない。

五四、九、二六、佐藤衛が佐藤厚の命で赤坂支店の浦住次長に、一億五、〇〇〇万円、一億円を一、〇〇〇円札で持参するよう依頼した際、八日市場ではそんな大量なものは調達できないから、東京で茶封筒一五万枚を購入して現金とともに持参してくれと要請した。

翌二七日浦住から、封筒は買入れたが大量で現金輸送車には積めないから取りに来てくれと、選挙事務所に連絡があつた、そこで佐藤衛は酒造業宇野本家時代の取引があつた岩本商店京葉支店に頼んだところ翌二八日同店は浦住と連絡し右封筒をその指示の場所で受取り同店のトラックで選挙事務所に運んで来たが人目につくので、八日市場市砂原の佐藤和夫方へ運ばせたのである。

佐藤和夫方に置かれた右封筒は宇野和男らによつて佐倉造園その他に持出され、二、〇〇〇円(あるいは三、〇〇〇円)配布手間賃等が封入され下部の運動者、選挙人に配られたのである。

被告人は現金は元よりこの封筒には全く関係しておらないのである。

このことを立証すべく弁護人らは原審で佐藤和夫、佐藤衛らを証人として(第一次事実取調書、佐藤衛立証趣旨、(3)、佐藤和夫、(5)、立証事項の補足に関してなる書面の記載参照)取調の請求をしたのである。

原審は何らの理由を告げることなく必要なしとしてこの請求を却下した。

この事実関係が明らかにされれば被告人の無罪であることが確認されるのである。

原審は、ことここに出でず判決に及んだもので、結局審理を尽さず事実を誤認したもので到底破棄を免れない。

第三点量刑不当《省略》

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